「生きる意味」を求めて

http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/14_frankl/guestcolumn.html

NHKの100分DE名著という番組のウェブページをある方からシェアして頂いた。

そのタイトルが「生きる意味」を求めて。

記事には日本の自殺者、未遂、また考えがよぎった人も含めれば実に三百万人いるのではないか、と書かれています。日本は高度経済成長期を経て富、豊かさを追求してきました。言ってみればそれは「幸せ」を求めていた結果のようにも思います。しかし自殺する、もしくは試みる人の数を見れば日本人は本当に「幸せ」なのか考えさせられます。

記事では「生きる意味」を求めて悩み苦しむ人を援助し続けてきた精神科医ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』という本を番組で取り上げて紹介しています。

その本の中には深い言葉が出てきます。たとえば、「人間が人生を問うに先立って、人生から人間は問われている」「幸福を求めると、幸福は逃げていく」「悩むことは人間特有の能力である」など考えさせられます。

クリスチャンとして同時に思うのは神様と出会って欲しい、イエスキリストをしばらく知ることに人生を使ってみて欲しい、と。聖書は真実として様々な言葉を我々に与え、問いかけてきます。クリスチャンでなくともその中で得るもの、考えさせられることは多いのではないか、と。またその中で聖書を通してでしか本当に得られないものも多いのではないでしょうか?

イエスキリストはヨハネ4:13,14で「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。と言われました。

人生の中で様々な悩みがあったある女性が井戸の水汲みをしているところに発した言葉です。人目につくのを避けた女性に対して言った言葉です。でも、それは我々人間全員かもしれません。我々は誰しも悩みがあり苦しんでいる、自分を潤す「水」を求めているという意味では我々全員がそうなのかもしれません。その水がなければ我々はいつまでもどこか納得いかないまま、日々の喧騒で自分をどこかごまかしながら日々過ごしていくのではないでしょうか?