野澤直史 牧師

8/10/2012

今朝、YAHOOジャパンでに下記のリンクの記事を見ることがあった。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120725-00006745-president-bus_all

その中で「アリの世界には渋滞がない。インドの研究者と共同で調査した結果、外敵に襲われるといったパニック状態を除き、アリは行列の間隔を詰めすぎることがなく、渋滞を未然に防いでいることがわかった。」と書かれていた。

確かにアリを見ていて渋滞を見たことがない。むしろ、アリを想像する時に浮かんでくるのは秩序、働き者、チームワーク、等の言葉だ。昆虫は特に好きではないがアリの性質を考える時見習うべき性質はたくさんある。

使徒行伝もそうだ。2章でペンタコステがあって皆で心を合わせて回心していた時に、聖霊を祈り求めていた時に聖霊は降り注がれたのだ。伝道の中で仲間割れもあったかもしれない。それでもそれぞれがそれぞれの役目を果たし初代教会は急速な成長を遂げた。イエスキリストと行動を共にしていた時、皆がそれぞれの思惑がうずめく中で弟子達に神の力はなかった。むしろ不調和、いがみ合いが聖書にも記録されている。

皆で心を合わせるというのは簡単ではない。でもだからこそ力も生まれるのではないか。エレンホワイトは下記のように書いている。

Harmony and unity existing among men of varied dispositions is the strongest witness that can be borne that God has sent His Son into the world to save sinners. It is our privilege to bear this witness. But in order to do this, we must place ourselves under Christ's command. Our characters must be molded in harmony with Christ's character; our wills must be surrendered to His will.--Manuscript 143, Dec. 10, 1903, "Unity."

(和訳)「様々な違いのある人々の調和と一致が罪人を救うためにその息子をこの世に賜った神から得られる最も強い証だ。この証を立てることは我々の特権である。しかしこれをするには我々はキリストの指導に委ねなければならない。我々の品性はキリストの品性と調和を持って形作られなければならない。我々の意思は神の意思に服従しなければならない。」-マニュスクリプト11903年2月10日「一致」

確かに教会とは面白い場所だ。共通の趣味や性格だから集まろうというものではない。イエスキリストが共通項なのだ。他は全部バラバラでもイエスキリストさえ皆の心に生きていればそこには調和と一致が現れる。そのためには痛みも伴うだろう、「自分が一番」という罪の中に生まれた我々人間には。それでも一致と調和が妥協ではなく使徒たちが心を合わせたようにすることが可能なら、それはものすごい力を生み出すのだろう。そのためにも日々個人だけではなくグループでの祈りや聖書研究の必要が出てくるのだろう、と改めて感じる。